飲食・観光・会津ぶらぶら「あいづ くらし」です。
斎藤 清(さいとう きよし)
ダイジェストで斎藤 清を紹介。知っているって人はスクロールして下へ。
斎藤 清 会津との関わり履歴
1907年 (明治40年) 福島県河沼郡会津坂下町に生まれる。4歳の時に家族で北海道夕張に移住。23歳で上京。1937年 (昭和12年) 30歳 離郷後初めて会津坂下町の叔母を訪ねる。*11987年 (昭和62年) 80歳 鎌倉市から柳津町に転居。1997年 (平成9年) 90歳 やないづ町立斎藤清美術館開館。同年 11月14日に会津若松市の病院にて永眠。
*1:「会津の冬(坂下)」等の作品が作られる。以降、度々、会津を訪れるようになり、「会津の冬」をテーマにした多数の作品が生み出されていく。
斎藤 清 作家活動
1932年 (昭和7年) 油彩画で第9回白日会展入選。1936年 (昭和11年) 木版画制作開始。1951年 (昭和26年) 第1回サンパウロ・ビエンナーレにて受賞。
第1回サンパウロ・ビエンナーレは、戦後初となる国際美術展での日本人の受賞。また、油彩画でも日本画でもない版画での受賞であった事は衝撃的であり、この受賞を機にアメリカを中心に世界的な評価が確立されていきます。
斎藤 清の作品は「抽象とリアリズムが共存する奇跡的なイメージ」として捉えられる事が多いのですが、長い創作活動の中で、テーマや技法の変転や積み重ねを経て表現の幅は広がり、より洗練されながらも精神性を深く宿したものへと変わっていきました。1940年頃の作品「会津の冬(坂下)」と晩年の作品を見比べていただけば、斎藤 清の作品がいかに深化したのか、身震いするような思いで見ることができます。
やないづ町立 斎藤清美術館

当時、美術館設立の話は坂下町(ばんげまち)にもあったようですが、柳津町で落ち着いたようです。

玄関から入って、ホールで料金を払います。右側のスロープを上がって行きます。

スロープを上った先は多目的ホール。写真は、多目的ホールから玄関ホール方向のもの。

スロープを上ってすぐ左が展示室の入り口。

展示室入口。この先、写真撮影禁止エリア。

多目的ホールには、「版画体験コーナー」と「ガチャポン」がありました。窓の外は只見川(の土手)。

版画体験コーナー
用意されたスタンプ台紙にスタンプを押していき多色刷り版画を体験するコーナーになっています。

綺麗に作るのは、なかなか難しい。
斎藤清メモ ガチャポン

コインが用意されているので、ガチャポンします。

斎藤 清のメモの一文が入ったカプセルが出てきます。斎藤 清の足跡に触れる、という事なので、まあご笑納くださいって感じ。

右側の壁にはプロジェクターで動画が投影されています。

スロープの上には、映像室とライブラリーコーナー。

映像室には椅子が用意されています。
玄関ホールとショップ

写真、左側が玄関。玄関正面に受付があります。

ショップでは、斎藤 清のアートポスターやポストカードが購入できます。

レジ横にあるピンバッジ。前回、購入した1つ。今回はポストカードを3枚買いました。
【 やないづ町立 斎藤清美術館 】
住所:〒969-7201 福島県河沼郡柳津町柳津下平乙187
TEL:0241-42-3630
FAX:0241-42-3631
ホームページ:柳津町-斎藤清美術館
開館時間:午前9時〜午後4時30分
(最終入館:午後4時)
休館日:毎週月曜日 (ただし月曜日が祝日の場合はその翌日)
– その他、年末年始・展示替えのための臨時休館あり。
料金 (一般1人):大人510円/高校・大学生300円/小・中学生 無料
料金 (団体1人):大人410円/高校・大学生200円/小・中学生 無料
団体は15名以上
地図、ナビ用リンク (行き方/アクセス)
この日は西会津で昼食を行い、三島町へ行き(この日のメインイベント)、その足で柳津へ来ました。
斎藤清美術館を見て隣の「奥会津ビジターセンター(越後三山只見国定公園)」を見て、旧 北会津村のとうふ屋「豆の子」へ寄りました。
こんな日もあるな。
* 本記事はライター「あいづ くらし」の主観に基づいています。本内容に対しまして、Yahoo及び店へお問い合わせはご遠慮ください。
